介護というものに固執する前に

介護 病気

自立という言葉を決して忘れないで!

以前、ニュースで下記のような内容の記事を見た。
”団塊の世代が全員75歳以上になる2025年度には、
介護職員が約30万人足りなくなるとみられることが厚生労働省の調査で分かった”
介護の必要性については特に言う気はない。(本当に必要な人もいるので)

ただ、それ以前に自主的に行なうトレーニングも含めて
そうならないための努力をなぜもっと促さないのかが本当に疑問だ。

特に自分も介護の世界に一度入り見てきたが
介護の現状や内容の適当さ、介護される側の甘えぶりをいやというほど見させられた。

介護のほうを政府が優先的に考えると
誰かにやってもらうことが前提で動いてしまっている以上、
なかなか自分から動こうとしなくなってしまう。
人間は弱い生き物なので必ず甘える。
ならば、政府や県・市などは強制的にでも良いので自主的にできるものを提供するべきではないのだろうか?
(それ以前に介護職という過酷な労働に対する対価が安すぎるのも大問題だが)

自分でやるならば人もいらないので
上記のような人が足りないなどという心配もしなくて済むだろう。
しかも介護の仕方一つとっても変えれることもあります。

例えば、立ち上がらせるということだけでも
相手が自分のほうにもたれかかり脇の下から手を入れて立たせるのをよく見かける。

しかし、この時見ているとほとんどの方は立たせる方の目線は必ず下を向いている。
この目線(厳密には顔)を上を向けるだけで力のかかり方がまるで違ってくる。
(よければ下を向いた人を起こすのと上を向いた人を起こす違いを実際にやってみると分かるだろう)

健康のこともふくめて最近は原点がすでにおかしいと思うことが多く
自分が行なっていること・考えていることが間違っていることに気づかない場合が多々ある。
発案者もふくめ、我々も投げかけられた疑問だけを考えるというのではなく
その疑問自体に疑問を持たなくてはいけない
そんな世の中になってきたのではないだろうか?

全てのことを鵜呑みにするのはひじょうに危険である

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